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年金車中泊ブロガー

年金暮らしをはじめて1年半になります。65歳までは会社に残ることもできましたが「辞めた辞めた.. やってられるかい」なんて、年金の一部だけ貰って年金暮らしをはじめたんです。

思い起こせば、40代後半から会社がきらいになり、仕事が苦痛になりはじめて「なにかいい仕事.. 家族を養うための方法はないかよ」なんて思うようになりました。

「ネットをつかって商売ができないものか」?なんて考えましたが、うまい話などどこにもありませんでした。

「辞める..辞めるぞ」!なんて言いながらそれから15年も会社に居続けて、結局 一昨年の春に会社を辞めることになりました。そのかん東北に4年間単身赴任をして、そこで会社のいいところに気付き、退職して今思う事は、会社の先輩達に育てられたこと、仲間に世話になったことなど.. いい会社でした。

そしてはじまった年金暮らし、

これより年金暮らし1年半の感想など書かさせていただきます。

現在の肩書は年金車中泊ブロガー、これは自分で作った造語です。

年金車中泊ブロガー → 年金及びブログ収入を糧に車中泊で日本全国を彷徨う自由人、たんなる遊び人の一種。

2019年当時話題になった老後 2,000万円問題に刺激されて、年金だけでは足りなくなるという生活費の月額¥55,000-相当をひねり出そうと考えたのが、車中泊で日本全国を旅して周って、それをブログにして広告収入を得る。遊んでいてお金が稼げるいい方法だと思いましたが..

旅にでるだけ赤字が増えて、「たまりま千昌夫」.. 世の中そんなに甘いことはありませんでした。

放浪旅にでないとブログのねたがなくて苦労しました。

冒頭のらーめんの写真はおいら自慢の醤油らーめんになります。麺は出来合いのものですが、スープは出汁をとってくず野菜などを煮こんだ手作りです。旅に出られない年金車中泊ブロガーは金はないけど時間なら.. そんなことから、らーめんを自分で作って出費をおさえるとともにそれをねたにしてブログ収入を増やして、放浪旅の資金を貯めているのです。

楽しく苦労した1年半でした。

本日も日課の諸磯通いをしました。やけに道が混んでいると思ったら、今日は土曜日、年金暮らしになると曜日がわからなくなりますね。

諸磯ではテニスをやっていますが、退職を機に一度テニスも辞めたのです。

旅から戻るとやることが無くて、話し相手も嫁だけじゃ耐えられずに、現在は復帰させてもらっています。

三浦ですごす日常は、朝起きてブログを更新、朝食は嫁と二人でコーヒーにパン。昼からのこのこ諸磯へでかけて夕方まで遊ぶ、家へ帰ってシャワーを浴びて晩酌。そのあと嫁と夕飯.. テレビを観ながらおやすみなさいグーなんてところでしょか..

退職まぎわは仕事をしないことに違和感があり戸惑いましたが、気が付けば最近は戸惑いなどありません。余裕のよっちゃん楽勝で、年金暮らしを謳歌しております。

また、退職まぎわは給料がもらえないことにビビ「はたして老後は大丈夫なんだろうか」なんて思いましたが、最近では「なるようにしかならないだろ、金がなけりゃ質素に暮らして.. それでもたりなきゃ働けばいい」なんてあたりまえに考えられるようになってきました。

土曜日の楽しみといえば..

BSテレ東の土曜は寅さん、今日も観てしまいました。

本日の「拝啓 車寅次郎様」の冒頭に出てきたのは新潟県の上越市で、本編の舞台は琵琶湖の湖畔の長浜でした。どちらもいったことのある土地です。

こちらのシーンは神奈川県は鎌倉市の江ノ電の鎌倉高校前駅の風景.. 西へ旅する時には毎回通る場所になります。

映画「男はつらいよ」をがきの頃から何度も観ていたからなのでしょうか、ストーリーや寅の言動に相当影響されている自分を感じます。会社を早期に辞めようと思ったのも、東北へ単身赴任へ行かせたのも、車中泊で旅をさせたのも、この映画の影響じゃないかと思うのです。

上の写真は東北単身赴任中に宮城県は山元町へ帰る途中に柴又の帝釈天に寄り道して、寅さん記念館で買った本です。その名も 人生に、寅さんを。「男はつらいよ」名言集

寅次郎名言 → 旅というものはな、行き先を 決めてから 出かけるもんじゃ ねえんだよ。

もっともだと思います。

風の吹くまま気の向くままにトヨタ ヴォクシーで車中泊の旅をするのがこのブログなんですが、今だ出られず、無念..

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