孫のサッカー試合の観戦のために三浦半島を飛び出して車中泊をしながら兵庫県へたどり着いた親爺です。

三浦を出てから4日目.. 孫のサッカーの試合が終わったら17時をまわっていました。AIE国際高校 ベスト8へ進出..ということは来週も試合があるはず。このまま車中泊で兵庫県に留まるか?、ここが思案の島倉千代子。 ..思案中.. .. .. 木曜日にバイトがあるので三浦へ帰ることにしました。そうと決まれば「その早きこと風のごとし」なんちゃって、東を目指して明るいうちに行けるところまで移動することにしました。 そしてやってきたのが道の駅 京丹波味夢の里だったんです。 亀山に向けてヴォクシーを走らせていて、途中 看板を目にしてやってきました。

まさか 道の駅が京都縦貫道のパーキングエリアだとは思ってもみませんでした。里山のひなびた町はずれにあることを期待して きたんですが..

午前中に買い物を済ませておいてよかったです。試合が終わってから買い物をしていたらこんな時間にはたどり着けなかったはず。この夜は軽く一杯やって就寝しました。

そして翌朝..

あらためて地図を見てみれば丹後半島や若狭湾は目と鼻の先です。

京都市内から四日市や名古屋の街場を走るより、風光明媚な若狭湾岸を走って帰ることにしました。

有料道路から一般道へ下りてしばらくゆくと舞鶴引揚記念館の案内板を見つけて、見学させてもらうことにしました。

ここは毎度通り過ぎてきたところなのです。いつか来ようと思っていました..

そんなこんなで、まずは桟橋がみえる丘から..

コツコツと園路を登っていきます。

途中、記念植樹のおりに建てられたと思われる戦没者遺族の会の木柱には 平和を願い戦争に反対と書かれていました。 今だからこそ、こんな方々の辛い経験を語っていただければと思う親爺です。戦争反対..

丘の上から桟橋を見下ろしたら、ゲゲッ..なんじゃらほい、あまりにちいさな桟橋?.. 「あんな小さな桟橋じゃ引揚船がつけるわけないじゃないかよ」なんて思った親爺でした。が..

説明板によれば引揚船は湾内に停泊して小型船に乗り換えてこの桟橋より母国に上陸したと書かれていました..納得。

母なる国に帰ってきた.. さぞ嬉しかったことと思います。涙..

引揚船が帰ってくると妻や母たちは「もしやもしや」と岸壁で我が子や夫を待ったんでしょう、きっと.. 涙..涙..涙.. 「やっぱり戦争はしちゃいけませんね」と思う親爺です。

丘を下って、

お次は記念館へ。 入館料は¥600-だったか?..

そこには収容所のアイドル犬のことや、

岸壁の妻のこと..

そして劣悪な環境の下で生き抜いた方々のことなど..やっぱり戦っちゃいけないと思った親爺です。

最後にこんなのがあってすくわれました↑.. ナホトカと姉妹友好都市を結ぶ..
地球上の政治および外交を 政治家やその一派(上流階級・少数派)にまかせていたら、人類の大多数(中間~下流層)は永遠に戦争をやらされ続けるんじゃないかと考える親爺です。 情報通信ネットワークが発達した今だからこそ地道に暮らす人々(地球上の大多数)が国境を越えての交流を広めるべきじゃないかと思いました。

まずは平和を愛し地道に暮らす人々が国境を越えて繋がること、そんなことを考えさせられた 舞鶴引揚記念館の見学でした。以上..

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