戦争はしちゃいけないと つくづく感じた一日でした。

鰻地区観光駐車場で目を覚まして、その日むかったところは知覧町でした。今までいったことのない知覧特攻平和会館を見学するためにです。

道路標示板には知覧武家屋敷の文字が、

そのうち道路の脇に灯籠のお迎え、なにか異様な感じ。

そして到着..「ここだぞ」

テレビでみたことのある特攻隊員を優しく世話したという食堂の女主人の碑のようです。親爺の目に.オイオイオイの老いの涙..

ガラガラっと引戸が開いて見学開始、中はほとんど撮影禁止でしたので今回は写真すくなめになります。

特攻に使われた零戦でしょか..※これは撮影可

外国の方々もおられました、この方々の目にはどう映ったのか知りたいところです。
ここ最近起きたプーチンのウクライナ侵攻やネタニヤフのパレスチ侵攻、トランプのベネズエラ及びイランへの侵攻等々..このさき宇宙船地球号はどうなってしまうんだろうかと心配な今日この頃。

庭に三角兵舎があったので入ってみました。

これが三角兵舎↑ 縄文の竪穴住居を板張りにした感じでしょか.. 出撃が決まると若者たちはここで就寝したそうです。

我がヴォクシーの車中泊用布団とほぼ同じサイズのせんべい布団.. いよいよ明日は出撃と知って床に就いた若者の気持ちがいくばくのものであったのでしょうか..涙..

特攻出撃が決まるとここで就寝して、沖縄まで出撃していったようです。当番者が夜の見回りをすると すすり泣く声が聞こえたとか..
特攻という作戦を考案した人はどんな輩だったんだろうか?、自分が実行する、または自分の子が実行することを想像したんだろうか?..と横須賀オヤジは考えます。
ひと月ばかり前だか、イランを攻めたトランプが別荘で休暇を取るんだというニュースが流れました。が..「ゲゲッ、若者達に戦争させて、自分は別荘かよ」怒.. やりたい放題し放題で他人の命や人生は虫けらと同じあつかいですか? はっきり言っていかれてます。

知覧特攻平和会館を見学したあと ラインがはいったので再び群れに戻りました。年寄はさきの長い若者の人生を台無しにするような政策や戦争を起こしてはいけない!、老い先短い政治屋は政界を即引退して、我らみたいに酒でも吞んでりゃいいんじゃね。 そのほうが世の中丸く収まるような気がするんですが..


コメント
まずは横須賀さんが、特攻平和館に足を運んで頂いたことに感謝いたします!
実は私も、昔、何度かそこに足を運んで、「特攻」というものの心理を知ろうと努力しました。
分かったことは、決して特攻は、無駄に命を浪費するような行為では無かったということ…。
戦争の負けが決定的になったとき、日本軍はいかに「たとえ日本が戦争が負けても、のちの日本の国が、如何にその後の混乱を避けられるか?」ということだったと考えます。
その方法として、一番に考えたのは、「国体維持」…。つまり、天皇制を主体とした日本の国の形を、そのまま維持できるか?ということだったのです。
これを維持するため、まだ若き飛行兵に、「特攻」を命じたのです…。
「特攻兵には戦果は求められぬ…。ただ、敵の目の前で死んで見せる…。つまり、日本を守るその意地だけを見せつける…。」
その目的だけです…。
この特攻という日本の意地の行為により、アメリカに対して、より譲歩した戦争終結の条件を求めたのです…。
この結果、アメリカは天皇制を存続することを終戦条件として日本約束し、戦後の混乱を避けることができました。
更に…。
現在の日本国憲法ですが、コレ、実はアメリカの監修のもと、日本で作られた憲法なのですが、この日本国憲法は、完全なる男女平等などを唱えた素晴らしい憲法と思うです。
この素晴らしい憲法ができたのも、実は、特攻隊の存在があったからでは?と私は考えます。
アメリカが、この国だけは今後戦争を起こしたくはない、だからこそ、理想とする憲法を日本に贈り物としなければいけない!…。
そんな考えがあったからこそ、しっかりした憲法を作ったのだと私思います…。
だからこそ、特攻していった飛行兵たちの思いを決して無駄にせぬよう、私たちは、これからの世界の平和をしっかり考え、後世にこの事実を伝えていかなければいけないと私は考えています…。
みっちゃん、コメントありがとうございます。「この国のかたち」司馬遼太郎著を読んだかぎりでは、軍部はばかげた精神論および自己保身にはしり..多くの一般人や兵士たちが無駄死にさせられたんじゃないでしょかと考える親爺です。